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前橋地方裁判所 昭和60年(ワ)440号 判決

主文

一  被告は、原告沢田大輔に対し、金七八二三万四六四円及び内金七一二三万八〇七一円に対する昭和六〇年一二月一五日から、原告沢田きよしに対し、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六〇年一二月一五日から、原告沢田真知子に対し、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和六〇年一二月一五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担としその余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告沢田大輔に対し、一億四〇一五万円及び内金一億二七四五万円に対する昭和五九年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告沢田きよしに対し、一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五九年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告沢田真知子に対し、一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五九年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、産婦人科医師であり、肩書地において古屋産婦人科医院(以下「古屋医院」という。)を経営するものである。

(二) 原告沢田きよし(以下「原告きよし」という。)及び原告沢田真知子(以下「原告真知子」という。)は、昭和五八年七月七日に婚姻し、原告沢田大輔(以下「原告大輔」という。)は、原告きよしと同真知子の長男として、昭和五九年三月一七日午後九時三七分、古屋医院において出生したものである。

2  診療契約の締結

(一) 原告真知子は、昭和五八年七月一三日、古屋医院において被告の診察を受けたところ、妊娠反応が疑陽性であり、分娩予定日は昭和五九年三月一二日であると診断された。同原告は、翌一四日にも古屋医院において被告の診察を受けたところ、妊娠の事実が判明した。

(二) 原告真知子は、昭和五八年八月ころから、出産のために古屋医院に通院をして被告の診察を受けるようになつたが、その際原告きよし及び同真知子は、それぞれ被告との間において、生まれて来る子供にもし病的異常があれば、これを的確に診断したうえ、その症状に応じた適切な診療行為を行うことを内容とする診療契約を締結した。

(三) 原告真知子は、昭和五九年三月一七日前記のとおり原告大輔を出産したが、その際、原告きよし及び同真知子は、原告大輔の法定代理人として、被告との間に、原告大輔にもし病的異常があれば、これを的確に診断したうえ、適切な診療行為を行う旨の診療契約を締結した。

3  診療経過等

(一) 原告大輔は、前記のとおり昭和五九年三月一七日古屋医院において出生したが、同月二一日同病院において脱水症、低血糖症の治療中、痙攣重積に陥り、後記総合太田病院に転医することになつたが、その間の経過は次のとおりである。

(1) 原告真知子の妊娠の経過は、昭和五八年七月中少量の出血が続いたが、その後は良好であり、昭和五九年三月一七日午後六時自然に陣痛が開始し、同日午後九時三七分吸引分娩により、原告大輔を出産した。出産時の原告大輔の体重は二八三〇グラムで、特に異常はなく、母子ともに健康であつた。

(2) 原告大輔は、翌日である同月一八日午前九時よりミルクの摂取を始めたが、その摂取状況は、同月一九日午後三時ころまで順調であつた。

(3) 原告大輔には、同一九日午後三時ころ二回嘔吐があり、哺乳力が弱いとのことでナースセンターに預けられたが、同日夜にも二回嘔吐があつた。

(4) 同月二〇日の検査結果によれば、同原告の血清ビリルビン値が一九・〇で、黄疸がみられたので、同人に対し三時間光線療法が施された。同日夜間、同原告に二回嘔吐があつた。

(5) 同月二一日午前一時、原告大輔に三回多量の嘔吐、皮膚乾燥著明があり、血清ビリルビン値一四・六であり、血中グルコース量(以下「血糖値」という。)が一二・五mg/dlで低血糖症を呈していたため、同日午前二時ころ、同原告に対し、五%グルコース液五〇〇ccにセルシン五mgを加えた点滴が開始された。

(6) 同日午前四時には同原告に対し、鼻腔カテーテルからグルコース水五ccが投与された。

(7) 同日午前七時、同原告に嘔吐が五、六回あり、黄疸もみられた。同原告に対し点滴二〇〇cc及び鼻腔カテーテルからのグルコース水五ccが投与された。同原告の尿量は二四ccであつた。

(8) 同日午前九時三〇分同原告のビリルビン値一三・八mg/dl、血糖値一二・五mg/dlであつた。

(9) 同日午前一〇時、同原告に対し鼻腔カテーテルからグルコース水五ccが投与された。同原告の尿量は三〇ccであつた。

(10) 同日午後一時、同原告に対し、点滴五〇cc及び鼻腔カテーテルからグルコース水八ccが投与された。同原告の尿量は五五ccであつた。

(11) 同日午後三時、同原告には軽い痙攣発作があり、心拍は六〇、体温三六度であつた。同原告の血糖値一二・五mg/dlで、尿量は四八ccであり、鼻腔カテーテルからグルコース水一〇ccが投与された。セルシン五mgの筋肉注射により同原告の痙攣は止まつた。

(12) 同日午後三時三〇分、同原告に対し、鼻腔カテーテルにより母乳一〇ccが注入され、点滴七〇ccが投与された。

(13) 同日午後四時一五分、同原告の血糖値は三五・〇mg/dl、ビリルビン値一三・八mg/dlであつた。

(14) 同日午後五時、同原告には痙攣発作があり、点滴一八〇ccが投与され、前記(5)記載のとおり同日午前二時から投与開始となつた五%グルコース液五〇〇ccにセルシン五mgを加えた点滴が終了したので、新たに五%グルコース液五〇〇ccにカルチコール五mlを加えた点滴を追加投与することとなつた。

(15) 同日午後五時三〇分、同原告は総合太田病院に転院した。

(二) 原告大輔が総合太田病院に転院後の経過は、以下のとおりである。

(1) 原告大輔は、昭和五九年三月二一日午後六時総合太田病院NICU(新生児集中管理室)に入院したが、その際の同原告の状況は、四肢は冷たく、デキストロスティックによる血糖値検査結果は一三〇mg/dlであり、体重測定中に下肢のペダル漕ぎ様な動きに始まり、上肢に及ぶ四肢から全身にかけての痙攣が出現し、強度の脳浮腫が認められた。

(2) 同病院では、同原告の痙攣の症状に対し、人工換気(人工的に呼吸を管理する)を行いつつ、強力な麻酔剤(ネンブタール)を持続的に点滴することによつて痙攣を抑え、循環血液量を保持し、糖分を補給した。同原告の脳浮腫に対しては、体の水分をしぼるため、水分の補給をできる限り抑えて(八〇ml/キログラム/日)、マニトール(脳浮腫をとる薬)を投与し、同原告の黄疸に対しては、光線療法を行つた。

(3) 同病院での右の治療が功を奏し、同月二九日には、同原告は、人工換気が中止となり、同年四月六日ころより哺乳を開始することができるようになり、同月二三日同病院を退院したが、同人には脳性麻痺による四肢体幹機能障害の後遺症が残つた。

(三) 原告大輔は、満五歳になつた現在も、いまだ首が座らず、寝たきりの状態にあり、寝返りすら打てない。体重は、一一キログラムで二歳児なみである。食事も排泄も行えず、その他の日常の動作も全くできない。言語能力も全くなく、人の呼び掛けにも反応を示さない。また、脳性麻痺による四肢体幹機能障害により身体障害者等級表により級別一級の認定を受けている。

4  原告大輔の後遺症の原因等

(一) 新生児低血糖症

(1) 新生児低血糖症について

新生児低血糖症は、出生により母体からの栄養物の供給が急に断たれるため、生理的に血糖値の一過性低下が起きるが、低出生体重児(出生体重二五〇〇グラム未満)では、血糖値が二〇mg/dl以下、成熟児(同二五〇〇グラム以上)では、生後七二時間以内は、三〇mg/dl以下、生後七二時間以後は、四〇mg/dl以下のものを新生児低血糖という。

新生児低血糖症の確定診断のためには、右の低値が引き続き二回以上測定される必要があるが、新生児の低血糖症は放置すれば脳障害の危険があるので、実際には、血糖値が低いことが発見されたならば、症状の出現や二回目の血糖値が低いことが判明するのを待たずに、一連の処置をするのがよいとされている。

診断には、デキストロスティックなどによる全血での比色法でスクリーニングする等の簡便な方法があるが、正確を期すには、検査室での定量法検査を依頼して判定する。

(2) 新生児低血糖症の危険性

脳は、他の組織と異なつて、血液中のグルコースを唯一のエネルギー源としているので、低血糖のためにグルコースの供給が低下すると、中枢神経系の機能障害が生ずる。低血糖がさらに長期間続いたり、頻回に繰り返していると、脳に不可逆的な損傷を招く。また、低血糖症は、痙攣を引き起こし易く、ひとたび痙攣が起きると、痙攣は脳のエネルギーの消費を増大させるので、低血糖症は、より深刻になり、さらに多くのグルコースの供給が必要となる。この悪循環を断つ適当な治療が行われないと、痙攣はますます増悪し、脳浮腫、さらには痙攣重積へと陥る危険が増大する。

このように新生児低血糖症は、放置すれば脳障害を起こす危険があるので、早期に発見し、適切な治療を行わなければならない。早期に適切な治療が行われないと、中枢神経系に後遺症(脳性麻痺)を残す危険が高いのである。

(3) 新生児低血糖症の治療法

新生児の低血糖症が診断された場合の治療は、

〈1〉 最初に、グルコース〇・五~一・〇g/キログラム(二〇%液二・五~五・〇ml/キログラム)を一分間に一mlの速度で静注。

〈2〉 引き続き、グルコース八~一〇mg/キログラム/分を点滴静注。一五%ならば七七~九六ml/キログラム/日、一〇%ならば一一五~一四四ml/キログラム/日。

〈3〉 点滴開始後一二時間~二四時間、輸液に塩化ナトリウムを加え、生理的食塩水の四分の一の濃度とする。

〈4〉 点滴開始後二四時間~四八時間、輸液に一~二mEq/キログラム/日の割合で塩化カリウムを加える。

〈5〉 治療開始四八時間以降、五%グルコース液を用い、グルコースを六mg/キログラム/分、ついで四mg/キログラム/分とする。

以上の輸液の量については、一日の水分(経口)摂取量と輸液の合計が一五〇ml/キログラム/日となるようにする。

(二) 脱水症

(1) 脱水症とは、体内の水分電解質代謝の異常の一つであるが、特に水分の欠乏状態を表している。水分の欠乏状態をもたらした原因には、水分の摂取不足の場合もあれば、体内の水分が異常に失われる場合もある。日常の水分代謝において、水の出入り、すなわち出納を考えると、負の出納を示したとき脱水症が発生する。脱水症は、小児科の日常の診療においてよく見られる疾患である。それは、小児は幼若なほど水分の出納量が大であることに起因する。

(2) 体重に対する体水分含有率は、幼若なほど多く、新生児八〇%、三か月乳児七〇%、一年乳児で六〇%となり、ほぼ成人に近い値になる。体水分は、細胞外液と細胞内液に分けられ、細胞内液は一生を通じて体重の四〇%と不変であるが、細胞外液は幼若なほど多く、体水分含有率の変化は、主に細胞外液の変化による。また、細胞外液は、水分の出納の影響を直接受ける。

(3) 小児体重一キログラム当たりの水分出納量は成人の三倍以上で、特に幼若になるほどこの量は大きくなり、三か月乳児では成人の五倍となる。水分出納量の細胞外液に対する割合も、幼若なほど大きく、成人は七分の一であるのに、三か月乳児は二分の一と多く、乳児では細胞外液の半分が毎日入れ代わつていることになる。

幼若乳児の水分出納量が大きい理由は、

〈1〉 乳児は不感蒸泄量が多く、成人の〇・五ml/キログラム/時に対し、乳児は一・〇ないし一・三ml/キログラム/時と二倍以上であること、

〈2〉 乳児は腎機能が未熟で水分の保持ができないこと、すなわち、乳児の腎濃縮力は、七〇〇ないし九〇〇ミリオスモル/1で成人の約二分の一であること、などがあげられる。

このように、乳児はもともと脱水になり易い状態にあるうえ、ちよつとした感染症が原因ですぐに脱水症を起こすに十分な嘔吐や下痢、発熱、食欲不振などをきたす。

(4) 脱水症の種類には次の三種類がある。

〈1〉 低張性脱水症

水分が失われるとき、電解質のほうがより多く失われて、血清浸透圧が低くなり、低ナトリウム血性脱水症とも呼ばれる。

〈2〉 高張性脱水症

低張性とは逆に、電解質よりも水分のほうが多く失われるので、血清の浸透圧は高くなる。高ナトリウム血性脱水症とも呼ばれる。

〈3〉 等張性脱水症

水分と電解質が体液とほぼ同じ割合で失われると、脱水があつても浸透圧やナトリウム濃度は正常。

低張性脱水の場合、細胞外液の浸透圧が低下するので、細胞外から細胞内へ水分が移行し、細胞外脱水になつて循環障害が強く出るようになり、高張性脱水の場合は、逆に細胞外液の浸透圧が高まるために、水分が細胞内から細胞外に移行するので循環血液量は比較的保たれるため循環障害は出ないが、神経症状が強く出るという特徴がある。

(5) 脱水症の程度

脱水症の程度をみるよい指標は体重である。新生児は、出生体重と現在体重を比較し、体重減少率をみれば脱水の程度を推測することができる。

脱水症の程度を軽症、中等症、重症に分けると、新生児では、五%、一〇%、一五%の体重減少がほぼ対応する。但し、新生児期には、右の脱水症を判定するに際しては、生理的体重減少(生理的水分喪失量)を考慮に入れる必要がある。生理的体重減少は、成熟新生児では約五%であるので、一〇%以上の体重減少が脱水と考えられる。

(6) 脱水症の治療

脱水症の治療は、まず不足している水分電解質を補充し、さらに生理的な水分電解質を補給する輸液療法がとられる。輸液剤は、市販の輸液用の多電解質液が使用されることが多い。

輸液を一日当たりどのくらいの量行うかは、脱水の程度、脱水のタイプによつて異なつてくるが、臨床検査の結果を待ついとまのないときは、体重減少や臨床症状によつて推定し概算する。

一日の輸液量は、「水分電解質の欠乏量(多いときは、二日間かけて補充する。)+一日の生理的水分必要量+治療中の喪失量=一日の輸液量」として、計算される。右の計算によると、一日当たりの輸液量は、軽症で第一日は一五〇ml/キログラム(体重)、第二日は一〇〇ml/キログラムであり、中等症ではそれぞれ一八〇ml/キログラム、一二〇ml/キログラムである。

5  原告大輔の症状と被告のとつた処置について

(一) 昭和五九年三月二一日午前一時ころの原告大輔の状態は、

(1) 血糖値が午前一時に一二・五mg/dlであり、午前二時でも同様の数値が測定され、新生児低血糖症と認められた。

(2) この時点では体重の測定がなされていないので、脱水症の程度がどのくらいであつたか明確ではないが、カルテに皮膚乾燥著名とあるほか、午前七時、五%グルコース液二〇〇ccの輸液と一〇ccのグルコース液哺乳後の体重が二五三〇グラムであつたので、午前七時までの尿量二四CCや不感蒸泄量約一五mlを考え合わせると、午前一時ころの体重はおよそ二三六〇グラム程度であつたものと思われ、これは、出生体重(二八三〇グラム)に対する生理的体重減少を越えており、脱水症(中等症程度)があつたことは間違いないものと思われる。

(二) 右の新生児低血糖症、脱水症は、原告大輔が三月一九日午後から頻回に嘔吐を繰り返したため、哺乳が十分でなく、カロリー、水分の不足をきたして生じたものと思われる。同原告の嘔吐の原因は明確ではないが、嘔吐が始まるまでの経過、総合太田病院における脳のCT検査、髄液検査、入院中及び退院時の状態からみても、病的な嘔吐とは考えられず、生理的嘔吐であつたと思われる。むしろ嘔吐の原因は、被告古屋医院の保育管理のまずさに原因があつた疑いが強い。

(三)(1) 原告大輔の低血糖症、脱水症に対して、被告の採つた処置は五%グルコース液を三月二一日午前二時から同日午後五時までの一五時間に五〇〇cc点滴輸液するというものであつた。

(2) 右の輸液量は、原告大輔の体重をおよそ二五〇〇グラムとすると、三二〇ml/キログラム/日となる。この量は、成熟児の新生児時の一日当たりの水分投与量が、経口的、経静脈的に投与したものを合わせて、一五〇~一六〇ml/キログラムまでとするのが妥当とされているのに比べて二倍になり、中等症の脱水症に対する第一日目の輸液量が一八〇ml/キログラムとされているのに比べても著しく過剰な輸液量である。しかも被告はこの輸液に食塩などの電解質を全く加えていない。

グルコースは、体内でエネルギーに転化すると、水と炭酸ガスに変わるので、五%グルコースのみを加えただけの輸液は、素成的には水と殆ど変わりはなく、過剰な輸液は、それだけで循環血液量を過大にし、循環系の負担を増大し、浮腫などを生じ易くするところ、電解質を全く含まない輸液は、体液の電解質バランスを崩して、細胞外液(血漿・間質液)の浸透圧を下げ、細胞外液から細胞内に水分が移動し、細胞が膨化して脳浮腫となり、痙攣、昏睡をきたす。

(3) 脱水症の治療は前記のとおり、不足している水分電解質を補充し、さらに生理的な水分電解質を補給することにあるので、グルコースのほか、生理的食塩水やカリウムなどの多種類の電解質を含んだ輸液剤を使用しなければならない。電解質を含まない輸液がなされると、水分は補充されても電解質の不足は解消されず、体液の電解質異常や細胞外液の浸透圧低下をもたらし、浮腫などの障害を生じるからである。また、高ナトリウム血性脱水症であつてもナトリウムを含まない輸液を行うと、急激な低ナトリウム血症を引き起こす恐れがあることから、禁忌であるとされている。そして、脱水症に対して輸液療法を行う場合、中等症の脱水症に対しても第一日目の輸液量は、一八〇ml/キログラムまでとされているのであるから、輸液量の点でも被告の脱水症に対する処置は過剰なものであつた。以上によれば、被告の原告大輔に対する前記五%グルコース液の継続投与は、現在の脱水症の治療の水準に照らし、不適切なものであつたと言わざるをえない。

(4) 原告大輔の昭和五九年三月二一日の血糖値は、前記のとおり被告が輸液療法を開始した午前二時から午後三時まで一三時間あまりも一二・五mg/dlのままであつて、少しも改善されていないのであるが、血糖値一二・五mg/dlという数値は、低血糖症としては重症の状態であり、これを放置すると脳性麻痺の後遺症を残すような痙攣をおこす危険があり、現に原告大輔は、同日午後三時に痙攣を起こしているのである。低血糖の状態を長時間放置することは、右のように非常に危険であるから、低血糖症の治療には、まず最初に高張(高濃度)のグルコース液を急速に静注して、出来るだけ早く血糖値を上げることが基本であり、次いで一〇%程度の比較的高張のグルコース液を点滴静注して血糖値を維持する方法をとるべきなのである。右によれば、被告が、原告大輔の血糖値一二・五mg/dlの状態を長時間改善させないまま、五%グルコース液の点滴静注を継続した結果、同原告を痙攣を起こすまでに至らせたことは、現在の新生児低血糖症に対する治療の一般的水準に照らして、不適切であつたものと言わなければならない。

(四) 以上述べたところによれば、被告が原告大輔の新生児低血糖症及び脱水症に対して行つた一連の処置は、五%グルコース液のみの輸液を一五時間で五〇〇cc行つたというものであり、その輸液の内容の点においても、輸液の量の点においても、現在の新生児小児科医療の水準に照らし、明らかに誤つており、これらの不適切な治療行為により原告大輔の脳実質に回復不能の障害を与えたものである。

6  被告の債務不履行責任

被告は、前記のとおり原告らとの間における診療契約に基づいて、原告大輔に対して適切な治療行為を行う義務を負つていたものであるところ、前記5で述べたとおり、被告が原告大輔の新生児低血糖症及び脱水症に対してとつた治療行為は、現在の新生児小児科の臨床医学の水準に及ばない不適切なものであつたから、被告には債務者の本旨に従つた履行がなかつたのであり、その結果として原告大輔の脳実質に回復不能の障害を与えたものである。従つて、被告は、右被告の債務不履行により原告らが被つた後記7記載の損害を賠償する義務がある。

7  損害

(一) 原告大輔について

(1) 逸失利益

原告大輔は、現在五歳の幼児であるが、重症脳性麻痺後遺症により、障害等級一級の重症心身障害児となり、労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。これにより、同原告は、高校卒業後六七歳まで就労し、少なくとも日本の労働者の平均賃金を得ることができたのにこれを失つた。

昭和六一年の「賃金センサス」より、男子労働者の初任給(新高校卒一八歳)に新ホフマン係数を用いて、同原告の逸失利益を算出すると、左記のとおり三三九四万円となる。記

1、883、000×18・025=33、941、075

(2) 付添看護費

原告大輔は、脳性麻痺による重症心身障害者で、食事、排泄をはじめあらゆる日常の起居動作に極めて手数のかかる介護を必要とする状態にあり、この状態は一生変わることはない。原告真知子は、一日中原告大輔の介護にかかりきりになり、自由な時間は殆どない状況にあり、原告きよしも、原告大輔の通園、通院等の際しばしば介護の手助けをするため、自分の仕事にもさしさわりが出ている。今後、この介護に要する原告真知子と同きよしの労力は、原告大輔が成長するにつれて増大することが予想されるとともに、将来、車椅子で生活できるための土地を購入して、原告大輔に合わせて家屋を新築したり、食事、排便、入浴等すべての生活面に必要な設備を設置するために多額の費用が必要になる。以上によれば、原告大輔がその生存する間に要する介護付添看護に要する費用相当額は、本件医療過誤による同人の損害である。

右付添看護費は、原告大輔が総合太田病院を退院した昭和五九年四月二三日から口頭弁論終結の日である平成元年六月二〇日まで一日につき四五〇〇円とし、同日以後男子の平均余命七〇歳まで一日につき六〇〇〇円としてホフマン方式によつて年五分の中間利息を控除して算出すると、左記のとおり合計七三五一万円となる。

4、500円×1884日=8、478、000円

6、000円×365日×29・696=65、034、240円

8、478、000円+65、034、240円=73、512、240円

(3) 慰謝料

原告大輔は、本件医療過誤によつて、生後数日から人間としての機能をすべて奪われ、生涯それを取り戻すことはできない。同人が一生働いて得られるはずであつた経済的利益即ち逸失利益は、同人が失つた全生活の限られた一部であり、これによつて償えない人間としての生活のすべては慰謝料に正しく反映されるべきであり、その金額は二〇〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用

原告大輔の損害の一〇パーセントである一二七〇万円が相当である。

(二) 原告きよし及び同真知子について

(1) 慰謝料

原告きよし及び同真知子は、第一子誕生の喜びもつかの間、重度の脳性麻痺の原告大輔を抱えるに至り、第二子をもうけることさえ断念するに至つたものである。同人らは親として、何ものも犠牲にして原告大輔の看護に一生をささげなければならない状況にあり、将来の生活の不安も計り知れない。右によれば、原告きよし及び同真知子の慰謝料は、それぞれ一〇〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

原告きよし及び同真知子の各人につき、それぞれ損害の一〇パーセントである一〇〇万円が相当である。

8  よつて、原告らは、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告大輔は一億四〇一五万円及び内金一億二七四五万円に対する昭和五九年三月二一日から、原告きよしは一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五九年三月二一日から、原告真知子は一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五九年三月二一日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はすべて認める。

2  同2の事実はすべて認める。

3(一)  同3(一)の事実中、昭和五九年三月二一日午前一時から同日午後五時までの原告大輔に対する五%グルコース液の輸液量が五〇〇ccであるとの事実は否認する。被告が、右同日午前一時ころから同日午後三時三〇分ころまでの間に、同原告に投与した五%グルコース液の輸液量は三二〇ccである。その余の事実は、明らかに争わない。

(二)  同3(二)及び(三)の事実は知らない。

4  同4の事実は明らかに争わない。

5(一)  同5(一)(1)の事実は認める。同(2)の事実は認め、主張は争う。

(二)  同5(二)の事実中、原告大輔が三月一九日から頻繁に嘔吐を繰り返していたことは認め、その余は否認する。同原告は、出生後四日間経過しても嘔吐が続き、しかも嘔吐量が増加していることから、先天的疾患による病的嘔吐の余地を否定できないものである。

(三)(1) 同5(三)(1)の事実は否認する。

(2) 同5(三)(2)ないし(4)のうち、同(1)の主張事実を前提とする主張並びに被告の原告大輔に対する治療行為が不適切であつたとする主張はすべて争う。その余は、明らかには争わない。

(四)  同5(四)の主張は争う。

6  同6の事実は否認し、主張は争う。被告の原告大輔に対する治療行為は適切なものであつたのであり被告に債務不履行はなかつたものである。原告大輔に生じた後遺症は、同原告に出生時に既に存した先天的疾患によるものと推測される。

7  同7の事実はすべて否認する。

【理 由】

第一  事実経過

一  当事者

被告は、産婦人科医師であり、肩書地において古屋医院を経営するものであること、原告きよし及び同真知子は、昭和五八年七月七日婚姻し、原告大輔は、原告きよしと同真知子の長男として、昭和五九年三月一七日午後九時三七分古屋医院において出生したものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  診療契約の締結及び原告大輔の出生までの経緯等

《証拠略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告真知子は、昭和五八年七月一三日、古屋医院において被告の診察を受けた。同原告の被告に対する説明によれば、一週間程生理が遅れているとのことであり、同原告の妊娠反応は疑陽性であつたので、被告は、同原告には妊娠の疑いありと判断し、分娩予定日を昭和五九年三月一二日と診断した。また、同原告には、こしけ(膣からの分泌液)に混じつて出血がみられたので、被告は、同原告を膣炎と診断し、膣炎の治療を行つた。(右事実中、原告真知子が昭和五八年七月一三日、古屋医院において被告の診察を受けたところ、妊娠反応が疑陽性であり、分娩予定日を昭和五九年三月一二日と診断されたことは、当事者間に争いがない。)

2  原告真知子は、翌昭和五八年七月一四日にも、古屋医院を訪れて、被告の診察を受けたところ、超音波診断により、妊娠が判明した。被告は、原告真知子のこしけに血液が混じつていたことから、流産の危険性があると判断し、切迫流産の治療を行つた。(右事実中、原告真知子が昭和五八年七月一四日古屋医院において被告の診察を受け、妊娠が判明したことは、当事者間に争いがない。)

3  原告真知子は、出産のために、翌七月一五日以降も古屋医院への通院を継続した。同原告には、依然としてこしけに混じつて出血がみられたので、被告は、同年八月二九日ころまで切迫流産の治療を継続したところ、同年八月末ころには、出血が少量になつたものの、同年一二月ころまで出血は続いた。

4  原告きよし及び同真知子は、右のとおり、原告真知子が、出産のために古屋医院に通院して、被告の診療を受けるようになつたころ、それぞれ被告との間において、生まれて来る子供にもし病的異常があれば、これを的確に診断したうえ、その症状に応じた適切な診療行為を行うことを内容とする診療契約を締結した(右事実は、当事者間に争いがない。)。

5  原告真知子は、昭和五九年三月一七日、古屋医院に入院した。右入院後、被告が、分娩監視装置で同原告の胎児心音を測定したところ、胎児心音に極端な乱れが見られた。そこで、被告は、胎児が仮死状態である可能性があると判断し、吸引分娩を行うこととした。原告真知子は、同日午後六時ころ自然に陣痛が開始し、同日午後九時三七分、吸引分娩により原告大輔を出産した。原告大輔の出生時の体重は二八三〇グラムであつた(右事実中、原告真知子が昭和五九年三月一七日午後九時三七分古屋医院において原告大輔を出産したことは、当事者間に争いがない。)。

三  転院に至る経緯等

《証拠略》によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1(一)  原告大輔は、前認定のとおり、吸引分娩により出生したが、分娩直後の状態としては、外見的には異常は見られなかつた。

(二)  古屋医院においては、新生児は、生後六時間から二四時間までは、哺乳をせずに保育器の中で保育して全身状態を観察することにしており、原告大輔に対しても同様の処置が採られた。

(三)  昭和五九年三月一八日午前三時ころ、原告大輔に対し、出生後初めて、滋養糖(ブドウ糖粉末)を白湯で溶いたもの(以下「G水」という。)少量が与えられたが、同原告は、これを嘔吐した。

2(一)  右同日午前九時ころより、原告大輔に対し、ミルクが与えられ始め、以後三時間ごとにミルクが与えられたが、同原告の哺乳力は、平均的な乳児と比較して、やや弱いようであつた。

(二)  原告大輔は、翌三月一九日午前九時ころ、母である原告真知子の病室に移され、母子同室となつたが、その後同日午前一〇時ころから一二時ころにかけて、二度にわたり嘔吐した。

(三)  被告は、原告大輔に右二度の嘔吐があつたこと、及び同原告の哺乳力が弱く一般状態としてもやや元気がないようであつたことを考慮して、担当看護婦に対し、同原告をナースセンターで預かつて様子を見るように指示し、右同日午後三時ころ、同原告は、ナースセンターに移された。右のころ、原告大輔の体重は、二五六〇グラムであり、同日早朝より、一二〇グラム減少していた。

(四)  原告大輔は、右同日午後六時三五分ころ、ミルクを一〇cc飲んだが、嘔吐もなかつた。原告大輔は、同日午後九時三〇分ころにも、ミルクを二〇cc飲み、哺乳力もやや持ち直した状態であつた。

(五)  原告大輔は、翌二〇日午前三時三〇分ころ、嘔吐がみられたが、その後同日午前六時三〇分ころに、ミルクを与えたときには哺乳力も良好であり、嘔吐もなかつた。右同日午前七時ころの同原告の体重は、二五四〇グラムであつた。被告は、同日午前八時三〇分ころ、担当看護婦に対し、母子同室にするよう指示を出した。原告大輔は、右同日早朝から、保育器の中で、三時間程光線療法を受けた後、原告真知子の病室に移された。

3(一)  被告が、右同日午後四時ころ、原告真知子の病室にいつて、同原告に原告大輔の様子を尋ねたところ、眠つていて泣かないし、ミルクも飲まないということであつたので、同日午後四時三〇分ころ、再び原告大輔をナースセンターに移して様子を見ることにした。

(二)  原告大輔には、右同日午後一〇時三〇分ころ、三度にわたりかなりの量の嘔吐があり、右当時の同原告の皮膚の色は黄色くなつていたので、被告は、同原告に対し、黄疸の検査として血清ビリルビン値の測定を行つたところ、血清ビリルビン値は一九・〇mg/dlであつた。

(三)  原告大輔は、翌二一日午前一時ころにも、三度にわたり多量の嘔吐をした。右当時の原告大輔の状態は、皮膚がカサカサで割れており、強い脱水症状がみられるとともに、腹部がへこんでいて、全身の運動も活発でなく、黄疸症状も見られた。そこで、被告は、原告大輔に対し、血糖値の測定検査を行つたところ、血糖値は、一二・五mg/dlであつた。また、血清ビリルビン値の測定をしたところ、血清ビリルビン値は、一四・六mg/dlであつた。

4(一)  被告は、右検査結果及び原告大輔の症状から、同原告は、強度の脱水症状により、全身状態が悪化しているものと判断し、右二一日午前二時ころから、同原告に対し、五%グルコース液の輸液を開始した。

(二)  右同日午前二時ころから、同日午前七時ころまでの間に、原告大輔に対し、五%グルコース液二〇〇mlが投与された。また、右同日午前二時ころから午前七時ころまでの間に、同原告に対し、鼻腔カテーテルによりG水一〇mlが投与された。同原告は、右同日午前七時ころ、約二四ccの尿を排泄した。

(三)  右同日午前七時ころから、同日午後一時ころまでの間に、原告大輔に対し、五%グルコース液五〇mlが投与され、また、鼻腔カテーテルによりG水五mlが投与された。同原告の午前七時ころの体重は、二五三〇グラムであり、午前九時三〇分ころの、血清ビリルビン値は、一三・八mg/dlであり、血糖値は一二・五mg/dlであつた。同原告は、右同日午前一〇時ころ、約三〇ccの尿を排泄した。

(四)  右同日午後一時ころから、同日午後三時三〇分ころまでの間に、原告大輔に対し、五%グルコース液七〇mlが投与され、また、鼻腔カテーテルによりG水八mlが投与された。同原告は、右同日午後一時ころ、約五五ccの尿を排泄した。

(五)  右同日午後三時ころ、原告大輔には軽い痙攣発作があり、同原告の血糖値は、一二・五mg/dlであり、右のころ、同原告に対し、鼻腔カテーテルによりG水一〇mlが投与された。また、同原告は、右のころ、約四八ccの尿を排泄した。

(六)  右同日午後三時三〇分ころ、原告大輔に対し、鼻腔カテーテルにより母乳一〇mlが投与された。

(七)  右同日午後四時一五分ころ、同原告の血糖値は三五・〇mg/dl、血清ビリルビン値は、一三・八mg/dlであつた。

5(一)  右同日午後五時ころ、原告大輔には、依然として痙攣発作の症状があつたため、被告は同原告の症状が重篤であると判断して、群馬県太田市八幡町二九番五号所在の総合太田病院(以下「太田病院」という。)の小児科に連絡を入れ、同原告の受け入れを要請した。

(二)  太田病院小児科は、被告の右要請を受け入れたので、被告は、右同日午後五時三〇分ころ、原告大輔を太田病院に転院させ、同原告は、同日午後六時ころ、同病院に入院した。

四  転院後の状況等

《証拠略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告大輔は、前認定のとおり、太田病院に転院したが、右転院時の同原告の症状は、四肢は冷たく、体重測定時に、下肢のペダル漕ぎ様な動きに始まり上肢に及ぶ、四肢から全身にかけての間代性痙攣が出現するなど、痙攣重積状態にあり、CTスキャン検査で強度の脳浮腫が認められたので、同病院では、入院直後からNICU(新生児集中管理室)において、同原告に対する治療を行つた。なお、同原告の入院時の血糖値は、一三〇mg/dlであり、体重は二八一〇グラムであつた。

2  太田病院小児科の塚田健介医師(以下「塚田医師」という。)は、被告からの同病院に対する新生児依頼書の記載並びに、被告から電話で事情聴取した結果を勘案しつつ治療に当たつたが、最終的に、病名を低ナトリウム血症、低血糖症、痙攣重積症、SIADH、敗血症の疑い、新生児高ビリルビン血症とし、同原告は、生後何らかの原因による嘔吐、哺乳力不足(カロリー摂取不足)から、低血糖症と新生児高ビリルビン血症(新生児重症黄疸)となつたところに、不適当な水分輸液がなされたため、高ナトリウム血症から低ナトリウム血症への急速な変化及び過剰輸液による循環血液量の増加が生じ、これらに伴つて、痙攣、脳浮腫が出現し、痙攣重積に至つたものであろうと判断した。

3  太田病院における、原告大輔に対する治療状況は、次のとおりであつた。

(一) 同原告の痙攣の症状に対しては、人工的に呼吸を管理する人工換気を行いつつ、循環血液量の保持、糖の補給を行いつつ、抗痙攣剤であるセルシン、カルチコール等を投与したが、痙攣は消失せず、ネンブタールを持続的に投与することによつて、ようやく痙攣を消失させるに至つた。

(二) 脳浮腫に対しては、体内の水分をしぼりとるため、水分の補給をできる限り抑え(一日当たり八〇ml/キログラム)、マニトールを投与した。

(三) 黄疸の症状に対しては、光線療法を行つた。

4  右治療の結果、原告大輔の症状は、回復に向かい、同年三月二九日には、人工換気は中止され、同年四月六日ころより哺乳開始となり、同原告は、同月二三日太田病院を退院したが、右退院時の塚田医師の原告きよし及び同真知子に対する説明によれば、原告大輔は、死亡は免れたものの、脳浮腫によつて脳が死んでしまつている可能性が高いとのことであつた。

5  原告大輔は、右退院後三か月ないし五か月程して、痙攣が出現し、右以降現在に至るまで、抗痙攣剤を服用している。また同原告は、生後一歳を過ぎても、首がすわらず、寝たきりで寝返りさえ打てず、また、人の呼び掛けにも反応を示さない状態であつたため、生後一年半程経過した、昭和六〇年秋ころ、四肢体幹機能障害により、身体障害者等級表により障害二級の認定を受け、更に昭和六一年には、障害一級の認定を受けた。原告大輔は、生後五歳を過ぎた現在に至るも、食事も排泄も行えず、その他の日常の動作も全く出来ず、人の呼び掛けにも反応を示さず、言語能力も全くない状態にある。

第二  債務不履行の主張に対する判断

一  原告らは、被告は、原告大輔に生後まもなく生じた新生児低血糖症並びに脱水症状に対して、適切な治療を行わず、かえつて不適切な処置を施して、同原告の右疾病を悪化させ、このため同原告に脳浮腫を生じさせ、その結果同原告に前述した後遺症を生ぜしめたものであり、被告には、診療契約における債務不履行が存する旨主張するので、判断する。《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  新生児低血糖症について

(一) 血糖値とは、血液中のグルコース濃度をいい、低血糖症とは、血液中のグルコース濃度が異常に低下した状態をいう。その特徴的な症状の一つとして、視力障害、意識障害、痙攣等の中枢神経系の機能障害をあげることができる。このような中枢神経系の機能障害の症状は、中枢神経にとつて唯一のエネルギー源であるグルコースの供給が、血糖低下のため減少することによつて起こる。

(二)(1) 成熟新生児(出生体重二五〇〇グラム以上)の場合、出生直後の血糖値は母体の血糖値の七〇ないし八〇%程度であり、その後二、三時間で、急激に低下し、平均して五〇mg/dlとなるが、これは、出生により母体からのグルコースの供給が絶たれるために、血糖値の一過性低下が起きるものであつて、その後血糖値は、徐々に上昇し、生後七二時間以後になると六五ないし八〇mg/dlに達するようになる。

(2) 従つて、成熟新生児の場合は、血糖値が、生後七二時間までは三〇mg/dl以下、七二時間以後は四〇mg/dl以下であれば、低血糖症と考えられ、低出生体重児の場合は、血糖値が、二〇mg/dl以下であれば、低血糖症と考えられる。

(3) 新生児の低血糖症は、糖尿病の母から生まれた新生児、先天性糖質代謝異常症、中枢神経障害、新生児一過性低血糖症など、種々の原因によるものがあるが、頻度の高いのは新生児一過性低血糖症であり、これは大部分低出生体重児にみられる。

(三) 新生児低血糖症の診断としては、まずデキストロスティックなどによるスクリーニングを経て、これによつて低血糖症の疑いがあれば、検査室での定量検査を依頼して判定することになる。確定診断のためには、右定量検査において、前述した基準以下の低い血糖値が、引き続き二回以上測定される必要がある。

(四)(1) ところで、脳は、血液中のグルコースを唯一のエネルギー源としていることから、低血糖のためにグルコースの供給が低下すると、中枢神経系の機能障害が生ずる可能性があり、低血糖の状態が長期間続いたり、頻回に繰り返していると、脳に不可逆的な損傷を引き起こし、てんかん・知能障害・片麻痺・失語症・人格異常などの後遺症を残すこととなる。また、低血糖症は、痙攣を引き起こし易く、ひとたび痙攣が起きると、痙攣は脳のエネルギーの消費を増大させるので、低血糖症は、より深刻になり、さらに多くのグルコースの供給が必要となる。この悪循環を断つための適当な治療が行われないと、痙攣はますます増悪し、脳浮腫、さらには痙攣重積へと陥る危険が増大する。

(2) 低血糖の脳に対する悪影響は、どの年齢においても認められるが、とりわけ、脳の発育が活発に進行しつつある新生児期には、その悪影響は著明であつて、低血糖のまま放置すれば脳障害をもたらし、中枢神経系の後遺症を残す危険性が高いので、早期に発見し、適切な治療を行わなければならない。従つて、実際には、前述したスクリーニングにより、血糖値が低いことが発見されたならば、低血糖の症状の出現や、前述した確定診断を待たずに、治療を開始すべきであるとされている。

(五) 新生児が新生児低血糖症と診断された場合の一般的治療方法は、左記のとおりである。これらの治療は、低血糖症と診断しうる以前であつても、新生児の血糖値が低値である場合には、臨床症状の有無にかかわらず、行うこととされている。

(1) まず、最初に、二〇ないし二五%の濃度のグルコース液を急速注入で投与する。この場合、新生児体重一キログラム当たり(以下単に「キログラム当たり」という。)二・五ないし五・〇mlの量を、一分間に一mlの速度で、静脈注射することにより投与する。

(2) 引き続き、グルコース毎分キログラム当たり八ないし一〇mgを点滴静脈注射することにより投与する。この場合、一五%の濃度のグルコース液ならば、一日キログラム当たり七七ないし九六mlの量を、一〇%の濃度のグルコース液ならば、一日キログラム当たり一一五ないし一四四mlの量を投与する。

(3) 点滴開始後一二時間ないし二四時間後位までは、輸液に塩化ナトリウムを加え、生理的食塩水の四分の一の濃度とする。

(4) 点滴開始後二四時間ないし四八時間後位までは、輸液に一日キログラム当たり一ないし二mEqの割合で、塩化カリウムを加える。

(5) 治療開始、四八時間後以降は、五%グルコース液を用い、グルコースを毎分体重一キログラム当たり六mg、ついで四mgを投与する。

(6) 以上の輸液の量については、一日の水分経口摂取量と輸液の合計がキログラム当たり一五〇mlとなるようにする。

(7) 右一連の治療に際しては、頻回に血糖値の測定を反復して血糖値の推移を把握するとともに、尿量や体重の増減等を確認して、臨床症状の変化を的確に把握し、右臨床症状の変化に応じた輸液量(グルコースの投与量は、もちろんのこと、いかなる濃度の輸液を、いかなる速度で投与するか)の調節をなすことが要求される。

(8) 右一連のグルコースの投与の結果、血糖が正常に維持され、臨床症状が消失したら経口投与を開始し、一日キログラム当たり八〇ないし一〇〇mlの摂取が可能となつたら、グルコースの減量を始め、徐々に濃度をさげて中止にもつていくようにする。

2  脱水症について

(一) 脱水症とは、体内の水分電解質代謝異常のひとつであるが、特に水分の欠乏状態を表している。水分の欠乏状態をもたらす原因としては、水分の摂取不足の場合と体内の水分が異常に失われる場合がある。脱水症は、小児科の日常の診療において、よく見られる疾患であるが、これは、小児は幼若なほど、体重に対する体水分含有率が高く水分に富んでおり、かつ、体重当たりの水分の出納量が大きいことに起因する。

(二)(1) 小児の体重に対する体水分含有率は、幼若なほど多く、新生児で八〇%、生後三か月の乳児で七〇%であり、生後一年の乳児で六〇%となり、ほぼ成人に近い値になる。体水分は、細胞外液と細胞内液に分けられるが、細胞内液は一生を通じて体重の四〇%と不変であるのに対し、細胞外液は幼若なほど多く、右に述べた小児の成長に伴う体水分含有率の変化は、主として細胞外液の変化によるものである。また、細胞外液は、水分の出納の影響を直接受けるものである。

(2)〈1〉 小児の体重一キログラム当たりの水分出納量は、成人の三倍以上であり、特に幼若であるほどこの量は大きくなり、生後三か月の乳児では、成人の五倍となる。水分出納量の細胞外液に対する割合も、幼若なほど大きく、成人の場合、細胞外液に対する水分出納量の割合は、七分の一であるのに対し、生後三か月の乳児は二分の一であり、乳児の場合、細胞外液の半分が毎日入れ代わつていることになる。

〈2〉 幼若乳児の水分出納量が大きい理由は、乳児は不感蒸泄(皮膚から蒸発する水分)量が多く、成人の二倍以上であること、乳児は腎臓機能が未熟で水分の十分な保持ができないこと、すなわち乳児の腎濃縮力(体内で水分が不足したときに、尿を濃縮して、体内に水分を保持する能力)は、成人の二分の一であること、などがあげられる。

(3) 以上のように、乳児はもともと脱水になり易い状態にあるうえ、ちよつとした感染症が原因で、すぐに脱水症を起こすに十分な嘔吐や下痢、発熱、食欲不振などをきたすものである。

(三)(1) 脱水症の種類には左記のとおり三種類がある。

〈1〉 低張性脱水症

水分が失われるとき、電解質のほうがより多く失われて、水分がそれほど失われないとき、血清の浸透圧が低くなり、これを低張性脱水症という。この場合、血清ナトリウム濃度が低くなるので、低ナトリウム血性脱水症とも呼ばれる。

〈2〉 高張性脱水症

低張性とは逆に、電解質よりも水分のほうが多く失われると、血清の浸透圧は高くなるが、これを高張性脱水症という。この場合、血清ナトリウム濃度は高くなるので、高ナトリウム血性脱水症とも呼ばれる。

〈3〉 等張性脱水症

低張と高張の中間で、水分と電解質が体液とほぼ同じ割合で失われた場合は、脱水があつても浸透圧やナトリウム濃度が正常であり、これを等張性脱水症という。

(2) 低張性脱水症の場合は、細胞外液の浸透圧が低いので、細胞外から細胞内に水分が移動し、細胞外脱水になり、脈がふれない、手足が冷たい、といつた循環障害が強く出るようになる。高張性脱水症の場合は、逆に細胞内から細胞外に水分が移動して、細胞内脱水になるので、循環血液量は比較的よく保たれるので循環症状は出ないが、痙攣、意識障害などの神経症状が強く出る。等張性脱水症の場合は、これらの症状が混合して出て来る。そして、どの脱水症であるかを、患者の臨床症状から診断するのは、非常に難しいとされている。

(四) 乳幼児の脱水症の程度を判定するよい指標は、体重減少であり、新生児の場合は、出生体重と現在体重を比較し、体重減少率をみれば、脱水の程度を推測することができるとされている。脱水症の程度を、軽症、中等症、重症に分けると、乳幼児では、五%、一〇%、一五%の体重減少が、ほぼこれに対応するとされているが、新生児期に、脱水症を判定するに際しては、生理的体重減少を考慮に入れる必要があり、成熟新生児の場合、生理的体重減少は約五%であるので、一〇%以上の体重減少があつた場合に、脱水症と判定することになる。

(五)(1) 脱水症の治療としては、まず不足している水分電解質を補充し、さらに生理的な水分電解質を補給する輸液療法がとられる。輸液剤は、市販の輸液用の多電解質液が使用されることが多い。

(2)〈1〉 輸液を一日当たりどのくらいの量を行うかは、脱水の程度、脱水のタイプによつて異なつてくるが、臨床検査の結果を待ついとまのないときは、体重減少や臨床症状によつて推定し、水分欠乏量を概算したうえで、輸液を行うとされている。

〈2〉 一日の輸液量は、次のとおり計算される。

水分・電解質欠乏量(但し、欠乏量が多いときには、二日にわたつて輸液することとし、量にもよるが、第一日目は欠乏量の三分の二程度、第二日目は、その残りである三分の一程度を目安とする。)+一日の生理的水分必要量+治療中の喪失量=一日の輸液量

(3) 以上述べた、輸液療法は、小児の場合、脱水症のみならず、体液の質や量に異常をきたしたとき、あるいは異常が起こることが予想されるときなどにも用いられる療法であつて、必要な症例に正しく行われるならば、極めて有効な治療法であると同時に、一歩誤れば、細胞外液と細胞内液の水分の代謝のバランスを崩し、脳組織などの主要な臓器に浮腫を生ずるなど、致命的な結果を引き起こしかねない重要な治療法であり、それゆえ、右療法は、体液の調節機構が未熟であることからくる小児の体液生理の特徴を十分に理解し、個々の症例についての、輸液の目的、方法とその結果を正しく判断して行うことが必要であるとともに、右療法中は、常に患児の状態を観察し、現在の輸液療法が適切であるか否かを反省し、必要ならば適宜変更を加えつつ進めなければならないとされている。

3  右1及び2で認定した事実に、《証拠略》を総合すると、新生児に脱水症及び低血糖症が同時にみられるとき、出生当日ないし生後一日目の新生児であるならば、グルコースのみを含んだ液を投与することもあるが、新生児は、出生後日を経るにつれて、ナトリウム、クロール、カリウム等の電解質の必要量が増加すると同時にこれら必要な電解質の尿による排泄も活発になつてくることも考慮して、生後四日目くらいからは、輸液の中に電解質を含めるのが常識とされており、特に新生児の脱水症状が激しい場合には、水分と同時にこれら電解質が失われる量が多いのであるから、電解質を含んだ輸液が一層必要とされることになること、新生児に対する脱水症改善のための輸液量としては、一般には、一日体重一キログラム当たり一五〇ないし一六〇mlが相当とされていること、が認められる。

二  被告の責任について

1  以上認定したところによれば、原告大輔の昭和五九年三月二一日午前一時ころの様子は、皮膚がカサカサで割れており皮膚乾燥著明であり、腹部がへこんで、全身の運動も活発でなかつたというのであり、また、同原告の血糖値は、一二・五mg/dlであつたのであるから、おそくともそのころには、同原告は、脱水症を伴う重度の低血糖症になつていたものであり、放置すれば重大な結果を生じかねず、早急に症状改善のための治療にとりかかる必要のあるものであつたと認められる。

2  また、前記第二、一で認定したところによれば、新生児低血糖症及び脱水症の疑いが生じた場合、医師としては、直ちに、必要な検査を行うと同時に、低血糖及び脱水の症状を改善すべく、適切な輸液を開始すべき義務があるというべきであり、本件における昭和五九年三月二一日当時の被告にも、同様の義務があつたものであるところ、被告が、右同日、原告大輔の低血糖症及び脱水症に対して施した治療は、右同日午前二時ころから、電解質を含まずグルコースだけを溶かした五%グルコース液の点滴投与を開始し、午前七時ころまでの間に二〇〇mlを、同日午前七時ころから午後一時ころまでの間に五〇mlを、同日午後一時ころから午後三時ころまでの間に七〇mlを、それぞれ投与した、というものであつた。

3  ところで、前述したところによれば、右五%という低濃度のグルコース液の投与並びに電解質を含まないグルコースのみの水溶液の投与は、新生児の低血糖症及び脱水症に対する輸液療法実施上の一般的原則に適合しないものである上、輸液量についても、輸液当初の原告大輔の体重が明確でないため、確定はできないものの、一日新生児体重一キログラム当たりの平均的輸液量とされている一五〇ないし一六〇mlに対して、少なくとも二〇〇mlを越える過剰の投与であつたことが認められる。そして、前認定のとおり、右同日午後三時ころ、同原告大輔には、痙攣発作が出現したが、右のころの同原告の血糖値は一二・五mg/dlであつて、低血糖の状態は、全く改善されていなかつたことが認められる。

4  右に述べたところに、《証拠略》を総合すると、原告大輔は、脱水症及び極度の低血糖症状態にあつたところに、被告の電解質を含まない五%グルコース液の過剰輸液により、細胞外液及び細胞内液の水分代謝のバランスが崩れたことがあいまつて、痙攣並びに脳浮腫を生じ、その結果痙攣重積状態に陥り、脳組織に不可逆的な損傷を生じさせ、脳性麻痺を残したものと推認される。

5  ところで、被告は、原告大輔の脳性麻痺は、出生時に既に存した先天的疾患によるものと主張する。なるほど、《証拠略》によれば、同原告の痙攣と脳浮腫の関係については、脳浮腫があつて痙攣が生じたと考えることも出来るし、痙攣の結果の循環不全が原因で、脳組織に低酸素性、虚血性変化が生じて脳浮腫をきたしたと考えることもできるとされており、また、《証拠略》によれば、低血糖症についても、医学文献において、「脳の先天奇形が原因で、そのために二次的に低血糖発作がおこる場合も多いといわれるので、低血糖症小児に随伴する脳障害を無批判に低血糖症の後遺症ときめるわけにはいかない。個々の例で経過を十分に検討し、脳障害が低血糖症の原因、結果のいずれであるかを推測していくべきである」とされていることが認められる。

しかし、前記第一で認定した事実経過によれば、原告大輔は、吸引分娩で出生したものの、外見上異常はなく、出生体重も成熟児のそれであつて、出生の翌々日までは、特に異常なく過ごしていることが認められ、また、前記第一で認定した事実に、《証拠略》を総合すれば、出産前後の母体及び同原告には、母体に昭和五八年一二月頃まで長期間の出血があつたものの、同原告に先天的に、低血糖症や脱水症の原因となるような疾病が存したことを認めるに足りるだけの症状はなく、出生から翌日早朝までの体重減少も、生理的減少の範囲に止まつていたことが認められる。さらに、嘔吐の原因についても、《証拠略》によれば、医学文献上、中枢神経疾患に伴う嘔吐があるとされている反面、突発性嘔吐として、新生児期には明確な基礎疾患を見いだし得ない病的嘔吐がある旨の記載がなされていることも認められるところである。以上によれば、原告大輔の低血糖症及び脱水症は、出生後の何らかの原因による、嘔吐及び哺乳力不足から生じたものと推認せざるを得ない。そして、右推認を覆すに足りる証拠はない。

6  以上述べたところによれば、被告は、原告大輔の脱水症及び低血糖症に対して、医学上一般的でない不適切な処置を施したものであることが認められるところ、前に認定した診療契約によれば、被告は、おそくとも原告大輔に脱水症及び低血糖症が生じていることが明らかとなつた昭和五九年三月二一日午前一時以降、同原告、原告きよし及び同真知子に対し、原告大輔の右症状に対して、早急に適切な治療を施し、右症状を改善すべき、契約上の義務を負つていたというべきであるから、右診療契約上の債務不履行があつたものと言わなければならない。

従つて、被告には、右被告の債務不履行によつて、原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

第三  損害

一  原告大輔に生じた損害

1  逸失利益

原告大輔には、前認定のとおり、障害等級一級の障害が残つており、右障害は一生継続するものであるところ、昭和六一年度賃金センサス男子労働者・産業計、企業規模計、学歴計が、四三四万七六〇〇円であるから、同原告の就労可能年数を一八歳から六七歳までとして、ライプニッツ方式で逸失利益を算出すると、同原告の逸失利益は、左記の計算式のとおり、三二八二万三二円(一円未満切り捨て)となる。

(19・239-11・690)×1×4、347、600円=32、820、032円

2  介護費

前述したとおり、原告大輔は、日常生活を送るについて、他者の介護が不可欠であり、この状況は同原告が死亡するまで、継続するものであるところ、右介護に必要な費用は、一日につき四〇〇〇円が相当であると判断する。そして、昭和五九年の〇歳男子の平均余命が七四歳であるから、介護を要する期間は七四年間として、ライプニッツ方式で、介護費を計算すると、同原告の介護費は、左記のとおり、二八四一万四三二円となる。

4、000円×365×19・4592=28、410、432円

3  慰謝料

原告大輔は、被告の債務不履行により、障害等級一級の後遺症を負つたものであるから、この精神的損害を金銭に見積もると、一〇〇〇万円が、相当である。

4  弁護士費用

本件においては、事案の性質上本訴に要した弁護士費用も、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認められるところ、本件訴訟の内容、認容額等に鑑みると、弁護士費用としては、七〇〇万円が相当である。

二  原告きよし及び原告真知子に生じた損害

1  慰謝料

原告きよし及び同真知子は、夫婦の間の第一子である原告大輔に障害等級一級の後遺症が残つたために、親として、人並みの子供の成長を待つ楽しみを奪われたばかりか、今後一生涯原告大輔の介護を続けて行かなければならないこととなつたものである。この精神的損害を金銭に見積もると、原告きよし及び同真知子につき、おのおの三〇〇万円が相当である。

2  弁護士費用

本件訴訟の内容に鑑みると、弁護士費用としては、原告きよし及び同真知子につき、おのおの三〇万円が相当である。

第四  以上によれば、被告は、債務不履行に基づく損害賠償として、原告大輔に対しては、前述した損害合計七八二三万四六四円及びこのうち弁護士費用を除いた七一二三万四六四円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和六〇年一二月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告きよし及び原告真知子に対しては、前述した各損害合計三三〇万円及びこのうち弁護士費用を除いた各三〇〇万円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和六〇年一二月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金を、それぞれ支払う義務を負うものである。

第五  以上の次第で、原告らの本訴請求は、それぞれ右判示の限度において理由があるから、これを認容し、その余の部分はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 高橋祥子 裁判官 大久保正道)

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